リテールメディアというと、ECサイトの広告や店内デジタルサイネージが中心に語られます。
しかし、商品の「香り」を店頭で体験してもらい、その後の行動や売上まで分析するリテールメディアも登場しています。
東芝テックとスコープが共同開発した「香りリテールメディア」は、2024年にサービス提供を開始しました。2026年現在も両社の公式サイトで、小売企業やメーカー向けのソリューションとして案内されています。
ただし、サービスが現在も提供されていることと、全国の店舗へ広く普及していることは別です。
また、「香りを使ったら売上が伸びた」という結果だけを見ても、香りだけによる効果なのか、サイネージや売場づくりを含めた褹果なのかは、慎重に判断しなければなりません。
香りリテールメディアは、店舗全体へ香りを広げる広告ではありません。来店者が自分で香りを選び、商品の近くで限定的に体験する販促サービスです。
本記事では、香りリテールメディアの仕組み、実証実験の結果、向いている商品、導入上の課題を、できる限りフラットな視点で検証します。
香りリテールメディアとは
香りリテールメディアとは、店頭で商品の香りを体験できる装置と、カメラやPOSデータによる効果分析を組み合わせた販促サービスです。
商品棚に設置されたタブレットで試したい香りを選ぶと、商品に対応した香りが装置から噴射されます。
その後、棚の前での滞在時間、商品を手に取ったか、購入につながったかなどを分析します。
単に店内へ香りを流す「空間演出」ではなく、次の要素を組み合わせている点が特徴です。
- 商品ごとの香りを選んで体験できる
- 香りが噴射された回数を記録できる
- カメラで棚前の行動を分析できる
- POSデータと組み合わせて購入結果を確認できる
広告媒体というよりも、香り見本、売場体験、効果測定を一つにした店頭販促システムと考えた方が分かりやすいでしょう。
参考:東芝テック「香りリテールメディア」/スコープ「香りリテールメディア」
従来の香り見本には課題があった
柔軟剤、芳香剤、シャンプー、ハンドクリームなどでは、香りが商品選択を左右します。
しかし、パッケージやPOPだけで香りの違いを伝えることはできません。
そのため、店頭では香りを付けたビーズや紙、商品のテスターなどが使われてきました。
一方で、従来の香り見本には次のような課題があります。
- 時間がたつと香りが弱くなる
- 複数の香りが混ざりやすい
- 店舗によって設置や管理状況が異なる
- 補充、交換、廃棄に手間がかかる
- 何人が試したのかを把握できない
- 香り体験が購入につながったか分からない
香りリテールメディアは、こうしたアナログな香り見本をデジタル化し、体験回数や購入結果を分析できるようにする試みです。
香りリテールメディアの仕組み
タブレットで香りを選ぶ
来店者は、売場に設置されたタブレットを操作し、試したい商品の香りを選びます。
東芝テックの公式情報では、1種類から6種類までの香りを設定できます。
商品を肌へ塗ったり、複数のテスターを鼻に近づけたりすることなく、複数の香りを比較できる点が特徴です。
狭い範囲だけに香りを届ける
この装置は、店舗全体へ香りを広げるものではありません。
公式情報では、香りの到達距離は約60cm、広がる直径は最大で約5~30cmとされています。
体験している人の近くへ限定して香りを出すため、他の商品へ香りが移ったり、離れた場所にいる人まで香りを感じたりすることを抑えられます。
来店者が自分で操作して体験する仕組みであることも、店舗全体へ自動的に香りを流す施策との大きな違いです。
カメラとPOSデータで行動を分析する
商品棚の上部などに設置したカメラによって、棚前での滞在時間や商品への接触などを分析します。
さらに、香りを体験した回数やPOSデータを組み合わせることで、どの香りが試され、どの商品が購入されたかを確認します。
ただし、カメラで測定できるのは、棚の前で立ち止まった、商品へ手を伸ばしたといった行動です。
香りを気に入った理由や、最終的な購入理由まですべて分かるわけではありません。
AIカメラによる店頭分析について
実証実験ではどのような結果が出たのか
ハンドクリームでは売上1.66倍
ハンドクリームを対象にした実証実験では、次の3条件を1週間ごとに切り替えて比較しています。
- 香りリテールメディアとサイネージを設置
- サイネージだけを設置
- 販促物を設置しない
その結果、香りリテールメディアとサイネージを組み合わせた条件では、販促物がない条件と比較して売上が1.66倍、サイネージだけの条件と比較して1.24倍になったと報告されています。
棚の前で10秒以上立ち止まる人や、商品へ手を伸ばす人も増えたとされています。
ただし、これは香りだけの効果ではありません。
香り、サイネージ、売場での体験が組み合わさった施策であり、対象商品や実施店舗が限定された実証結果です。
ライオンコーヒーでは約2倍の店舗も
2024年には、フレーバーコーヒー「ライオンコーヒー」の香りを店頭で体験できる「飲まないカフェ」が、2店舗のスーパーマーケットで実施されました。
複数のフレーバーを試飲せずに比較できる企画で、販促効果が大きかった店舗では、前月比で販売数量が約2倍になったと報告されています。
特に、初めて購入しやすいドリップバッグ商品の伸びが目立ったとされています。
一方、これは前年同月や非実施店舗との比較ではなく、前月との比較です。
売上増加には、売場展開、キャンペーンそのものへの注目、季節、在庫、価格などが影響している可能性もあります。
実証結果から販促効果の可能性は確認できますが、「香りを出せば必ず売上が1.66倍、2倍になる」という意味ではありません。
参考:Web担当者Forum「店頭の香り体験で売上1.66倍増」
香りリテールメディアのメリット
商品の違いを体験できる
「爽やかな香り」「華やかな香り」と文章で説明しても、実際の香りは伝わりません。
購入前に香りを比較できれば、自分の好みに合った商品を選びやすくなります。
普段選ばれにくい商品へ接触を作れる
香りを試すこと自体が来店者の興味を引き、普段は手に取らない商品を知るきっかけになる可能性があります。
特に、見た目だけでは違いを判断しにくい商品では、香り体験が購入理由になり得ます。
体験と購入の関係を分析できる
従来の香り見本では、何人が試し、どの商品が選ばれたかを確認できませんでした。
デジタル化によって、体験回数、棚前の行動、購入結果を組み合わせて分析できる点は、メーカーや小売企業にとって大きな違いです。
どのような商品に向いているのか
香りリテールメディアは、あらゆる商品に使える広告媒体ではありません。
香りが商品選択に直接影響する商品との相性が高いと考えられます。
- 柔軟剤、洗剤、芳香剤
- シャンプー、ボディソープ
- ハンドクリーム、化粧品
- 香水、ルームフレグランス
- フレーバーコーヒー、紅茶
- 菓子、飲料、調味料など香りが特徴の商品
反対に、商品の購入判断に香りがほとんど影響しないカテゴリーでは、装置を導入する意味は小さくなります。
「珍しい技術だから使う」のではなく、香りを試せないことが購買上の課題になっているかを先に考える必要があります。
香りリテールメディアは普及するのか
香りリテールメディアは、2026年現在も正式なサービスとして提供されています。
2025年のリテールテックJAPANでも展示されており、単発の実証実験だけで終了した取り組みではありません。
一方で、デジタルサイネージのように、幅広い店舗や商品で大量に展開する広告媒体になるかは分かりません。
装置を体験できる人数には限りがあり、香りが商品選択に影響するカテゴリーも限定されます。
そのため、今後の位置付けとしては、
新しい大規模広告媒体ではなく、
香りが重要な商品に特化した体験型の店頭販促
と考えるのが現実的です。
対象商品を絞り、実施店舗と非実施店舗を比較しながら効果を検証できれば、メーカーにとって価値のある販促手段になる可能性があります。
まとめ|香りを広告にするより、商品選択を助ける仕組み
香りリテールメディアは、店頭で商品の香りを体験し、その後の行動や購入結果を分析する販促サービスです。
従来の香り見本にあった、香りが弱くなる、管理に手間がかかる、効果を測定できないといった課題を、デジタル技術によって改善しようとしています。
実証実験では、売上や棚前での滞在時間が伸びた事例も確認されています。
ただし、その結果は限定された商品と店舗でのものであり、香りだけによる効果が完全に証明されたわけではありません。
香りリテールメディアの価値は、
香りで人を誘導することではなく、商品を選ぶための情報を増やすことにあります。
香りが重要な商品であり、来店者が自分の意思で体験でき、取得するデータも適切に説明されている。
こうした条件が整えば、生活者、メーカー、小売企業のそれぞれにメリットのある売場づくりにつながるでしょう。
反対に、珍しい技術だから導入する、売上が1.66倍になると期待して導入するだけでは、費用に見合う結果が得られない可能性があります。
香りリテールメディアは、リテールメディア市場全体を大きく変える仕組みというより、香りを試せないという特定商品の課題を解決する、専門性の高い販促手法として評価すべきです。
リテールメディア全体の仕組みについて
リテールメディアの公平性や出稿圧力について

