2026年2月、東京・汐留のランドマークである「電通本社ビル」が、米資産運用大手ブルックフィールドへ約3000億円規模で売却される見通しであると報道がありました。
これは、広告業界においては単なる不動産転売のニュースではありません。
日本の広告界の頂点に君臨し、そのハードな働き方から「不夜城」とまで称された本社ビルが、なぜ流動化されなければいけないのか?その裏側を考えなければ根本は見えてきません。
現在進行中の「電通リストラ」と地続きの関係にあると捉えると、その本質が見えてきます。
1. 電通はすでに「城」の主ではない
まず、多くの人が抱く誤解を解いておく必要があります。電通グループは2021年にすでに本社ビルを売却しています。
- 2021年:ヒューリックらが出資するSPCへ約3000億円で売却。この時点で、自社所有から賃貸(セール&リースバック)へ移行しています。
- 2026年:そのSPCの持分が米ブルックフィールドへ移る見通し。つまり、電通にとっては引っ越しではなく、「大家が国内企業から外資へ変わるだけ」です。
電通はすでに、「本社ビルを持つ企業」から「本社ビルを借りる企業」へ移行済みなのです。
今回起きている事象は、かつて自社資産だった建物が、世界の機関投資家の間で取引される「金融資産」になったというフェーズであると考えるとより正確です。
電通はすでに「不動産を保有するリスク」からは離れた位置にいるということです。
2. 脈々と続く「聖地」の切り売り:築地、銀座、そして汐留へ
実は、電通が自社ビルを手放す動きは、今に始まったことではありません。電通は過去10年以上にわたり、自らの歴史を刻んできた「拠点」を次々と手放してきました。
- 旧・築地本社ビルの売却(2014年):多くの方が見たことがあると思います、有名な築地本社ブルの売却です。丹下健三氏が設計し、電通の高度経済成長を象徴した「旧・築地本社ビル」は住友不動産へ売却済です。すでに解体済みです。
- 電通銀座ビルの売却(2025年):電通創業の地に近い象徴的拠点であった「銀座ビル」までも、約300億円で譲渡することを決定しています。
築地(かつての城)、銀座(創業の地)、そして汐留(現在の城)。これら全ての所有権を手放しているのです。この一貫した動きは、電通が「物理的な場所に価値を置く、昭和・平成の広告代理店モデル」から完全に脱却しようとしている明確な方針だと推測できます。
3. 「家賃を払っても得」と言い切れる3つの理由
ここで多くの人が抱くのは、「3000億円もの大金を得ても、それは一時的なものであり、その後の家賃負担が発生すれば、長い目で見ると損をするのではないか?」という疑問です。しかし、経営視点で見ると「NO」と考えられます。そこには「軽量化経営」における3つのメリットが存在します。
① 眠れる3000億円を「武器」に変える
ビルとして持っているだけでは、3000億円はコンクリートとして眠ったままです。しかし、その現金をデジタル領域のM&Aや、構造改革(リストラ費用)の原資に回し、年利数%の利益を生むことができれば、支払う家賃を上回る価値を創出できます。これが「ROE(自己資本利益率)」を重視する現代経営の鉄則です。
② 「リスク」のサブスク化
自社ビル所有は、固定資産税、老朽化による膨大な修繕費、そして不動産暴落のリスクをすべて自社で背負うことです。電通は「家賃」という定額制(サブスク)に切り替えることで、こうした不動産特有のリスクを外資に押し付け、本業のコンサル・テクノロジー事業に集中する環境を買ったといえます。
③ 縮小できる「権利」の確保
所有しているビルは、社員が減っても勝手に削ることはできません。しかし賃貸であれば、リストラによって人員が減った際、「フロアを返却する」「より安価なオフィスへ移転する」という選択が容易になります。この機動力こそが、不透明な時代における最大の武器です。
4. リストラとビル売却は「同じコインの裏表」
電通が現在実施している「大規模な人員削減」と「本社資産の圧縮」。これらは別々の現象ではなく、「電通という組織そのものの根底からの造り替え」という一つの目的で行われていると推測できます。
- 人員の軽量化:終身雇用・年功序列から、業務委託や専門職採用へのシフト。
- 資産の軽量化:自社ビルという物理的拠点から、機動性を重視した経営へ。
「人」と「箱」の両面でスリム化を徹底することで、電通はこれまでの巨大な固定費に依存したモデルを捨て、データやテクノロジーを軸とした、より機動的な組織へと再構築を図っているのです。
5. なぜ海外ファンドは「喜んで」買うのか?
電通が「リスク」として手放したビルを、なぜ米ブルックフィールドは喜んで買うのでしょうか。ここに現代ビジネスの「視点の違い」があります。
- 電通の視点:「不動産に金を寝かせたくない。その金で新しい事業をしたい」
- 外資の視点:「電通という日本屈指の企業が、長期で家賃を払い続けてくれる。こんなに安定した利回り商品(アセット)は他にない」
日本企業の「脱・不動産」による資本効率向上と、外資の「日本買い」による安定収益確保。この利害の一致が、3000億円という巨額取引の正体です。
6. 結論:電通は「広告帝国」から「資本効率企業」へ
このニュースが示しているのは、電通の価値が「汐留の巨大なビル」という物理的な存在ではなくなったという現実です。
電通は今、「場所」や「伝統的な組織構造」に縛られない、極めてドライで効率的な組織へと作り替えられているのでしょう。本社ビルの売却報道は、その「決意表明」かもしれません。
あなたは、この軽量化された電通の姿に、かつての勢いの喪失を見るでしょうか?それとも、次なる飛躍への準備を見るでしょうか?
その答えは、現在進行中の「電通リストラ」の成否にかかっています。
FAQ
Q. 電通は資金繰りに困っているのですか? A. 短期的なキャッシュ不足ではなく、資本を効率的に動かすための戦略的判断です。むしろ、投資家からは「身軽になった」と好感される動きです。
Q. 本社ビルの家賃は経営を圧迫しませんか? A. 単純な家賃額だけを見れば支出ですが、自社ビル所有時にかかっていた税金や維持費、それから寝かせていた資本の運用機会損失を考えれば、トータルでの財務柔軟性は増しています。
Q. これはさらなるリストラの予兆ですか? A. 直接的な連動ではありませんが、「徹底した固定費削減」という経営方針は一貫しています。オフィスの使い方が変われば、さらなる組織改編の可能性は十分にあります。
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