日本の広告費は伸びているのに、なぜ実感がないのか?―配分と構造による「深刻なズレ」

広告代理店の未来

はじめに|「数字」と「現場」の間に流れる違和感

広告代理店や制作会社のデスクで、あるいはクライアントとの打ち合わせの帰り道で、こんな違和感を抱いたことはないでしょうか。

「日本の広告費は過去最高を更新しているはずなのに、なぜうちはこんなに苦しいのか?」

電通が発表する統計を見れば、日本の広告市場はコロナ禍を経てなお力強く拡大しています。

しかし、現場から聞こえてくるのは「仕事は増えたが利益が出ない」「人手が足りないのに単価が上がらない」という悲鳴に近い声です。

広告代理店や制作会社の倒産・廃業ニュースも後を絶ちません。

問題は「広告費が減っているかどうか」ではありません。「市場は伸びているのに、その恩恵が現場に届かない構造」にあります。

本記事では、2024年までの確定データを基に、この“ズレ”の正体を徹底解剖します。

1. 事実確認:日本の広告費は「減っていない」

まず、マクロの視点で事実を確認しましょう。日本の広告市場は、データ上は非常に健全です。

日本の総広告費の推移(長期)

広告費(億円) 前年比 備考
2020 61,594 ▲11.2% コロナショック
2021 67,998 +10.4% 回復期
2022 71,021 +4.4% 過去最高を更新
2023 73,167 +3.0% ネット広告が3兆円突破
2024 76,730 +4.9% 4年連続プラス成長

※出典:電通「日本の広告費」より構成

2024年の総広告費は7兆6,730億円。コロナ禍の落ち込みを完全に脱し、過去最高を更新し続けています。つまり、「市場が縮小しているから苦しい」という理屈はデータ上、成立しません。

2. なぜ「恩恵」を実感できないのか? ―― 3つの構造的変化

広告費が増えているのに現場が潤わない理由は、景気ではなく「お金の配分とビジネス構造」が変わってしまったからです。

① 「媒体費」への一極集中(配分の問題)

市場成長を牽引しているのは、ネット広告費(2024年は約3.6兆円、構成比47.6%)です。しかし、増えた予算の多くはGoogle、Meta、Amazonといったプラットフォームへの「媒体代(配信費)」として消えていきます。

代理店や制作会社の手元に残る「制作費」や「手数料」が、広告費全体の伸びに比例して増えていないのが実態です。

② 収益の「薄利多売」化(利益の問題)

かつての「広告枠の15〜20%」という手数料モデルが崩れ、運用型広告では「固定フィー制」や「手数料率の引き下げ」が一般的になりました。

作業量(工数)は増え続けているのに、1案件あたりの利益は削られる。結果として、「忙しいのに儲からない」という状態が定着しています。

③ 「見えないコスト」の増大(固定費の問題)

  • ツール代: 解析、計測、レポート自動化、バナー生成AIなどのサブスク費用。

  • 人件費: 専門人材の枯渇による採用単価・外注費の高騰。

  • 守りのコスト: 炎上対策、薬機法チェック、誤配信防止のための管理工数。

これらが「原価」として重くのしかかり、売上が上がっても利益を押し下げています。

3. 実感がない理由を深掘りする「5つの視点」

現場の皆さんが感じている「苦しさ」をさらに具体化すると、以下の5点に集約されます。

  1. 「作る」から「回す」への価値移行:一つの大きな作品を作る予算よりも、細かなクリエイティブを大量に回す(テストする)運用予算にシフト。1作業あたりの単価が劇的に低下しています。
  2. クリエイティブの「素材化」:動画やバナーが「作品」ではなく、アルゴリズムに最適化するための「消耗品(素材)」として扱われ、買い叩かれやすい構造になっています。
  3. プラットフォームへの依存:媒体社の仕様変更(Cookie規制やAI導入など)に振り回され、その対応工数をクライアントに請求しにくい現状があります。
  4. 上流(戦略)に入れないジレンマ:「枠」や「手間に掛かる費用」を売るだけの立ち位置では、価格競争から抜け出せず、利益率の改善が望めません。
  5. リスクと責任の肥大化:成果(KPI)に対する要求がシビアになる一方で、炎上やコンプラ違反のリスクは現場が背負うという、「ハイリスク・ローリターン」な案件が増えています。

 

4. 生き残るための「自己診断チェック」

「市場の伸び」を取り込める会社と、取り残される会社の差はどこにあるのでしょうか。今、自社がどちら側にいるか確認してみてください。

  • [1] 粗利率を把握しているか?(売上額ではなく、実質的な「取り分」が増えているか)

  • [2] 価格決定権を持っているか?(競合他社と比較されず、「あなただから」で単価を決められているか)

  • [3] 工数を可視化できているか?(その仕事、時給換算して赤字になっていないか)

この3つが「NO」であれば、どんなに日本の広告費が伸びても、その恩恵が届くことはありません。

5. まとめ|市場は「拡大」し、形は「変容」した

2024年までのデータが示すのは、「広告業界は終わったのではなく、全く別のビジネスモデルに移行した」という事実です。

「昔のような利益」を同じやり方で追い求めても、そのお金はすでにプラットフォームやテック企業へと流れています。私たちが向き合うべきは、「市場が伸びているか」ではなく、「この新しい構造の中で、どうやって独自の価値(=利益)を確保するか」という戦略の転換です。

「増えたお金が入る側」に回るのか、それとも「増えた仕事だけをこなす側」で消耗するのか。

今、広告業界に携わるすべての人に、その選択が突きつけられているのです。

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