はじめに|「じゃあ固定費を削ればいい」への答え
前回の記事では、新聞社の経営を追い詰めている最大の要因が、売上減少そのものではなく固定費比率83%という構造にあることを示しました。
すると、必ず出てくる意見があります。
「だったら固定費を削ればいいだけでは?」
一見すると正論です。しかし本当に、固定費を削れば新聞社は生き残れるのでしょうか。
本記事ではこの疑問に対し、感情論ではなく数字によるシミュレーション(IFシナリオ)で検証します。
結論から言えば、固定費削減は「必要条件」ではあっても、「十分条件」ではありません。
IFシナリオとは何か?
※IFシナリオとは、「もし〜だったら(If)」という仮定を置いて、将来どうなるかを検証する考え方です。現実ではなく、条件を変えた場合の“結果の違い”を見るためのシミュレーション手法を指します。
今回行うのは、以下を前提とした仮定の検証です。
- 売上はこれまでと同様、年率▲3.6%で減少
- 固定費のみを意図的に削減した場合を想定
- 各シナリオは、実際に検討・一部実施されている施策をベースに構成
つまり、机上の空論ではなく、現実的には可能だが、相当な痛みを伴う改革を前提にしています。
前提となる現状モデル(再確認)
まず、何も改革を行わなかった場合(固定費を一切削らなかった場合)に、2030年がどうなっていたのかを整理しておきます。これは前回記事で行った「固定費固定シナリオ」の再確認です。
2023年時点の業界平均モデルは以下のとおりです。
- 売上高:1兆3,265億円
- 固定費:1兆1,010億円(人件費+印刷・流通等)
- 変動費:約2,255億円
- 営業利益:約663億円(利益率5%)
このモデルでは、売上が年率▲3.6%で減少する一方、固定費はほぼ動かないと仮定しています。
その結果、前回のシミュレーションでは、
- 2024年には新聞事業ベースで赤字に転落
- 2030年時点では、年間で2,000億円規模の赤字水準
という厳しい姿が示されました。
多くの産業では、売上が落ちれば生産量を調整できます。しかし新聞社は、売上が落ちても印刷・配達・人員を同じ規模で維持せざるを得ません。縮小に耐えられない理由は、ここにあります。
ここから先で示す3つのIFシナリオは、 この「2030年には深刻な赤字体質に陥っている状態」を起点として、どこまで時間を稼げるのかを検証するものです。
シナリオ①|穏健改革(固定費▲10%)
想定される施策
- 印刷拠点の一部統廃合
- 新規採用の抑制・自然減
- 配達エリアの微調整
数値イメージ
- 固定費:1兆1,010億円 → 約9,910億円
結果
- 赤字転落時期:約1〜2年後ろ倒し
- 2030年前後には再び大幅赤字
評価
理論上は最も実行しやすい改革ですが、経営の根本は何も変わらないという結果になります。
穏健改革は「やらないよりはマシ」だが、「未来は変えられない」
シナリオ②|現実改革(固定費▲20%)
想定される施策
- 紙の発行部数を意図的に圧縮
- 印刷・配達網の大幅再編
- 人件費の本格的削減(早期退職など)
数値イメージ
- 固定費:1兆1,010億円 → 約8,810億円
結果
- 赤字転落時期:約3〜4年延命
- 2030年問題は回避できず
- 利益は出ても“薄利構造”が続く
評価
経営としては最も現実的ですが、現場の混乱と社会的反発は避けられないラインです。
「正しいが、誰もやりたがらない」改革
シナリオ③|覚悟改革(固定費▲30%)
想定される施策
- 紙の発行頻度の大幅縮小(※週3〜4日では人件費インパクトは限定的。実質的な固定費削減を狙うなら週1回レベル、もしくは発行形態そのものの転換が必要)
- 地方拠点・印刷所の大規模閉鎖
- 紙事業の“縮小宣言”
数値イメージ
- 固定費:1兆1,010億円 → 約7,710億円
結果
- 赤字転落を2030年代前半まで回避
- ただし売上も同時に縮小
- 成長モデルにはならない
評価
会社は延命できますが、「新聞社」という存在の定義そのものが変わる覚悟が必要です。
生き残るが、元の姿ではない
3つのシナリオから見える結論
| 削減率 | 効果 |
|---|---|
| ▲10% | 延命1〜2年 |
| ▲20% | 延命3〜4年 |
| ▲30% | 時間は買えるが、成長しない |
つまり、固定費削減は「延命策」であって、解決策ではないという冷酷な現実が浮かび上がります。
問題の本質は「何のために時間を買うのか」
重要なのは「削るか、削らないか」ではありません。
- 削って得た時間で、何を作るのか
- その新モデルは、本当に収益を生むのか
この問いに答えられない限り、どれだけ固定費を削っても未来は変わりません。
結論|問われているのは“覚悟の中身”
新聞社に残された選択肢は、実は多くありません。
- 紙中心で静かに縮小するのか
- 新聞的価値を別の形で売る会社になるのか
- あるいは、撤退を含めた再編を選ぶのか
もはや問題は「変わるかどうか」ではありません。
「何に変わるのか」その覚悟があるのか。
固定費削減はスタートラインにすぎません。残された時間は、思っている以上に短いのです。
この記事は、全記事の続編です。
👉新聞社はあと何年持つのか?固定費構造と売上予測から読み解く“タイムリミット”

