新聞を開くこともなく、束のまま消えていく「押し紙(残紙)」。
「毎日あれだけの量が捨てられているなら、燃やしているの?」「環境に悪いのでは?」と疑問に思う方も多いはずです。
実は、押し紙は燃やされているわけではありません。
しかし、その裏側にはリサイクルという言葉だけでは片付けられない、新聞業界特有の歪んだ構造と、今まさに起きている「歴史的な変化」が隠されています。
1. 【結論】押し紙は「新品のままリサイクル」されている
結論から言うと、押し紙のほとんどは「古紙」として回収され、再び紙の原料へとリサイクルされています。
なぜ燃やさないのか? それは、新聞紙が非常に純度の高いパルプ資源であり、リサイクル市場で「売却益」を生む価値があるからです。
押し紙が「資源」に変わるまでのフロー
-
-
販売店に到着: 本社から実売部数以上の新聞が届く。
-
一度も開かれず保管: 配達されない分(押し紙)が、新品の束のまま店内に積み上げられる。
-
業者が回収: 週に数回、専門の業者がトラックで回収に訪れる。
-
製紙工場へ: 溶解され、再び「新聞紙」や「段ボール」へと再生される。
-
このサイクルを、365日(新聞休刊日を除き、ほぼ毎日)繰り返されているのです。
2. 押し紙を支える「奇妙な経済学」
本来、新聞は「情報を伝える」ために印刷されます。しかし、押し紙は実質的に「リサイクルするために印刷されている」という、本末転倒な状況にあります。
なぜ販売店はわざわざ古紙業者に売るのか?
販売店は、本社から「押し紙」を仕入れ代金を払って買い取らされており、これは店舗にとって大きな赤字です。
少しでもその損失を補填するために、古紙業者に売って「チリ紙交換代」としてのわずかな現金を得ているのが実情です。
皮肉にも、この「売却益」が押し紙という悪習を延命させる一助にもなっているのです。
3. 転換点:ついに限界を迎えた「紙を回すだけのモデル」
これまで「業界の暗部」として放置されてきたこの構造ですが、徐々に転換期を迎えている側面も見えてきました。その象徴的な出来事が、2023年に起きた「北海道新聞」の決断です。
ブロック紙である北海道新聞は、長年続いてきた「押し紙」の実質的な廃止と、その温床となっていた夕刊の休止を断行しました。背景には以下の限界があったと言われています。
-
コストの増加:ウクライナ情勢や円安で「紙代」と「燃料費」が急騰。「刷って捨てて広告料で稼ぐ」モデルが、物理的に赤字で維持できなくなった。
-
法的リスク: 販売店側から「押し紙の強要は違法である」という訴訟が起き、司法からも厳しい目が向けられるようになった。
つまり、「環境にも経営にも悪すぎる」という現実に、新聞社自身が耐えられなくなったのです。
3. 【独自試算】「東京ドームを8割埋め尽くす」
日本の新聞発行部数(約3,000万部)の20%が「押し紙」だと仮定すると、どのくらいになるのでしょうか?
空間で見る:東京ドームが「新品の紙」で満杯に?
年間の押し紙の総重量は約51万トンです。ちょっとピンとこないと思いますので、他に例えてみましょう。
51万トン。これを重さで言えば「東京スカイツリーの鉄骨14本分以上」になります。
まだ、ピンとこないですね。次に空間(体積)でイメージしてみましょう。
東京ドームの容積比で考えると、押し紙をドームに詰め込んだ場合、ドームの約82%(天井近く)までが新品の新聞紙でギッシリと埋まる計算になります(計算するとそうなります)
毎年、東京ドーム1杯分に近い「誰の手にも渡らない新聞」が印刷され、そのままリサイクル工場へ運ばれているのが日本の新聞業界の現実です。
排出量で見る:自家用車17万台分のCO2
「リサイクルしているからエコ」という主張を覆すのが、その過程で排出される二酸化炭素(CO2)も忘れてはいけません。
ネット上のデータから、新聞用紙1kgの製造・輸送・溶解にかかる環境負荷を計算すると。
-
年間のCO2排出量: 約40.8万トン
-
自家用車換算: これは乗用車約17万7,000台が1年間に排出する排気ガスに相当します。
「誰にも読まれない紙」を作るためだけに、17万台以上の車が24時間365日走り続けているのと同じだけのダメージを、地球に与え続けているのです。
4. リサイクルという名の「環境破壊」
SDGsが叫ばれる現代において、このプロセスは圧倒的なエネルギーの無駄=環境破壊に他なりません。そして、消費されているのは「紙」だけではないのです。
-
化学インクの浪費: 数千トン規模のインクが、誰の目にも触れずに紙に塗られ、そのまま脱墨(インク除去)処理されます。
-
物流の二重苦: 印刷工場から販売店へ、販売店から古紙業者へ、業者から製紙工場へ。トラックが往復するたびに、燃料が燃やされCO2が排出されます。
-
エネルギーの循環矛盾: 巨大な輪転機で印刷し、リサイクルのために再び熱と水で溶かす。本来、リサイクルは「使い終わったもの」を再利用する知恵ですが、押し紙は、「リサイクルするために、わざわざエネルギーを投じて新品を作る」という、極めて不条理な行為なのです。
まとめ:押し紙の行方をどう捉えるか
今回の記事では、長年「業界の暗部」とされてきた「押し紙」が果たしてどうなっているのか?その実態を具体的な数字を用いて計算し、検証してみました。
年間51万トン、スカイツリー14本分、そして東京ドームの8割を埋め尽くす「新品のまま捨てられる紙」。 さらに、その影で排出され続ける自家用車17万台分もの二酸化炭素。
この押し紙の行方が、業界を維持するための必要悪として「大したことない」ことなのか。それとも、「おおいに問題ある」ことなのか。私個人には、その是非を断定することはできません。
しかし、現在の地球が置かれている深刻な環境問題や、持続可能な社会(SDGs)への転換という大きな流れの中で、このサイクルをどう捉えるべきなのか。それは、情報を受け取る私たち一人ひとりが、真剣に考えなければならないテーマではないでしょうか。

