第1回では、パレスサイドビル売却の「上限2,000億円」と「下限1,500億円」の手残りを試算しました。もし下限で決まれば、毎日新聞が手にできる現金は 約1,030億円前後 に過ぎません。
しかし、この資金は決して“あぶく銭”ではありません。
パレスサイドビルを売るということは、これまでタダ同然だったオフィスに、巨額の家賃が発生することを意味します。
今回はこの「家賃」という固定費が、PL(損益計算書)に与える破壊的インパクトを解説します。
1. 「心臓」はもうない。ビルは20年前から“巨大な抜け殻”だった
「地下に巨大な輪転機があるから、売却は難しいのでは?」
そう思う方もいるはずです。しかし、真実はもっと残酷です。パレスサイドビルの地下で新聞を刷る機能は、2002年の時点で停止しており、現在の印刷は東日印刷(江東区)や北関東の工場に完全移管されています。
つまり、この「昭和の名建築」は、新聞社としての心臓を20年以上前に失ったまま、巨大なオフィスビルとして存在し続けてきたのです。
もはや物理的な障壁(工場移設問題)はゼロ。だからこそ今回の交渉は、私たちが想像する以上のスピードで進む可能性があります。
2. 恐怖のシミュレーション:家賃は年間15億円?
印刷工場移転のコストこそ不要ですが、「人間(本社機能)」の移転には莫大な費用がかかります。
現在(自社ビル)
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家賃負担:ゼロ
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固定資産税・修繕費のみ
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実質的に「家賃無料」の状態
- 家賃収入あり(毎日ビルディング)
売却後(賃貸)
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竹橋・大手町周辺の賃料相場:坪3万〜4万円超
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本社機能維持に必要な面積:最低3,000坪前後
この条件で試算すると――
なんと、これは想定される毎日新聞の年間赤字(約12〜15億円)とほぼ同額です。
そしてここが本質です。
売却益が“一度きりの収入”であるのに対し、家賃は“毎年必ず発生する固定費”だという点です。年間14〜15億円という家賃は、売却益(約1,030億円)のわずか1%強に見えますが、PL上では確実に資金を削り続ける“止まらない出血”になります。
売却益で借金を返しても、毎年の赤字幅が増え続ける構造に陥りかねません。
3. 本当の恐怖は「3つの隠れ固定費」にある
家賃以上に深刻なのが、以下の“隠れコスト”が同時並行で膨らむことです。
① 販売網維持コスト(補助金の沼)
部数減により販売店の経営は悪化。その補填として、本社は「販売手数料の上乗せ=補助金」を出し続けなければなりません。
結果として、新聞を売れば売るほど赤字が増える“逆ザヤ構造” が進行します。
② 退職給付債務(企業年金)の重圧
毎日新聞グループは、有価証券報告書でも明記されている通り、確定給付型の退職一時金制度を持ち、一部の連結子会社では企業年金制度も運用してきました。
こうした退職給付制度に伴う債務は、連結貸借対照表上でも「退職給付に係る負債」として計上されています。
一般論として、創業の長い企業ほど、年金を受け取るOBの人数が増え、現役世代の負担が相対的に重くなります。毎日新聞のような老舗メディア企業にとっても、退職給付に関する負担は、将来的に利益やキャッシュフローを圧迫しうる構造的なリスクと言ってよいでしょう。
※制度が現時点で完全に継続しているかは不明ですが、歴史の長い企業ほど債務は膨らむ傾向にあります。
③ アナログとデジタルの“二重投資”
紙媒体を完全にやめない限り、
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旧来の編集・製作システム
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新たなデジタル基盤
両方を維持する“二重の人件費・保守費”がかかり続けます。
+(重要追加)④ 印刷部門の赤字補填リスク
別記事で扱っているように、創価学会(聖教新聞)からの印刷受注が細ると、印刷工場の収支が一気に悪化する可能性があります。
印刷工場が赤字に転落すれば、その穴埋めにも売却益が使われることになります。
4. 結論:「10年も持たない」という現実
売却益だけを見ると、「10〜15年は延命できるのでは?」と感じるかもしれません。
しかし実態はまったく逆です。
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売却後すぐに発生する莫大な家賃
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販売店補助金・退職給付負担・紙とデジタルの二重投資
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主力の新聞収入が年10〜20%減で縮む構造
こうした固定費と収入減の組み合わせを見ると、売却益の寿命は極めて短いことが分かります。
【2段階崩壊のシナリオ】
売却後に起こり得る時間軸を整理すると、次の2段階が想定できます。
フェーズ1(1〜3年目)
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売却益で一息つく
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しかし 家賃・補助金・二重投資・本業赤字 が重なり
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キャッシュは急速に減少していく
ここではまだ「延命できている」ように見えますが、内部では体力が急激に削られていきます。
フェーズ2(4〜7年目)
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本業の赤字が継続
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PLを改善できる“売れる資産”はすでに存在しない
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第二次リストラのための割増退職金が重くのしかかり、残った売却益も目減り
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資金繰りが一気に悪化し、資金不足に陥るリスクが顕在化
売却額が下限の1,500億円だった場合
売却益が少ないほど、この崩壊サイクルは加速します。
下限の1,500億円だった場合は、フェーズ2の「5〜7年目」で資金難に直面する可能性が極めて高くなります。
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しかしそこには、組織を壊死させる“逆選択”の罠が待ち受けています。
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