本記事は2018年11月に公開した「一歩先の印刷会社」を、2026年7月に最新データで全面改稿したものです。当時の予測の答え合わせも含めて再構成しています。
2018年にこの記事を最初に書いたとき、私は「2010年以降の10年間で印刷業界の市場規模は30%縮小する」という統計を紹介しました。
あれから8年。答え合わせをすると、この予測はほぼその通りになりました。
ところが、です。業界全体が縮み続ける一方で、大手2社、TOPPANホールディングス(旧・凸版印刷)と大日本印刷(DNP)は、売上・利益とも過去最高圏で走っています。
しかも、その利益の稼ぎ頭はもう「印刷」ではありません。
同じ「紙の衰退」に直面した新聞業界が出口を見つけられずにいるなか、なぜ印刷業界の大手は生き残れたのか。そして、大手の真似ができない中小印刷会社は、どこに活路を見出すべきなのか。
広告業界を30年見てきた立場から、最新の決算データをもとに整理します。
1. データで見る印刷業界の現在地:予測どおりの縮小、予測以上の二極化
市場は約4割縮小した
印刷産業の出荷額は、ピークだった1990年代初頭には約9兆円ありました。
それが直近の統計(経済構造実態調査・製造業事業所調査)では、2023年の出荷額は5兆934億円。
ピーク比で約4割の縮小です。
事業所数は約1万3,500、従業者数は約25万人。かつて「街に一つは印刷屋がある」と言われた業界の姿は、確実に変わりました。
それでも印刷は、事業所数で全製造業の中で5番目に多い業種であり、業界の90%以上を中小企業が占める構造は今も変わっていません。
縮小の構造は2018年から変わっていない
厳しさの要因は、当時指摘した2点のままです。
- 印刷物そのものの減少:新聞・出版物を中心とした「出版印刷」、チラシ・カタログなどの「商業印刷」がともに縮小を続けています。新聞の発行部数減は折込チラシの母数の減少に直結し、出版市場の縮小は雑誌・書籍印刷を直撃しました。
- 規模の経済の逆回転:印刷は、1枚刷るのも100枚刷るのも輪転機を回すコストが大きく変わらない、典型的な装置産業です。受注枚数が多いほど利益が出る仕組みだからこそ、受注ロットの減少はコスト増となって利益を直撃します。市場が縮むほど1件あたりの採算が悪化する。この逆回転が、体力のない会社から順に脱落させてきました。
はっきりしていることは、2018年当時と同じです。「紙」という商品は、減ることはあっても増えることはない。この前提の上で、どう戦うかがすべてです。
2. それでも大手2社は最高益圏:「脱・印刷」の実像
市場が4割縮んだのに、大手2社の業績は伸びています。2026年3月期の決算を並べると、その理由が見えてきます。
| 2026年3月期 | TOPPANホールディングス | 大日本印刷(DNP) |
|---|---|---|
| 売上高 | 1兆8,050億円(前期比+5.0%・過去最高) | 約1兆5,150億円(前期比+4%) |
| 営業利益 | 671億円(構造改革費用等で減益) | 1,010億円(前期比+7.9%) |
| 営業利益率 | 3.7% | 6.7% |
| 戦略の型 | 規模で攻める(北米パッケージの大型買収・海外展開) | 利益率で勝つ(半導体部材など高収益事業に集中) |
※ 各社決算短信・決算報道をもとに作成。
TOPPAN:社名から「印刷」を消した会社
象徴的なのは、凸版印刷が2023年10月の持株会社化で「TOPPANホールディングス」へ社名を変え、「印刷」の2文字を外したことです。これは看板の掛け替えではなく、実態の追認でした。
同社の事業は、証券類・広告印刷・BPOなどの「情報コミュニケーション」、パッケージ・建装材の「生活・産業」、そしてフォトマスクや半導体パッケージ基板の「エレクトロニクス」の3分野。
注目すべきは利益の構造です。
売上構成比では16%程度にすぎないエレクトロニクス部門が、セグメント利益の約4割を稼いでいるのです(2025年3月期:売上2,795億円・営業利益520億円・利益率18.6%)
設備投資も半導体関連と海外パッケージに集中投下しており、会社の重心はすでに印刷の外にあります。
DNP:印刷技術の「転用」で利益率トップへ
DNPはさらに徹底しています。
営業利益1,010億円・利益率6.7%はTOPPANを大きく上回り、その源泉はエレクトロニクス部門(売上2,518億円・営業利益507億円)
最先端のEUVリソグラフィ対応フォトマスク、有機ELディスプレー製造用のメタルマスク、EV電池を包むバッテリーパウチ。
いずれも世界シェア上位の製品群です。
2025年末には次世代半導体パッケージ向けのガラスコア基板のパイロットラインも稼働させました。
ここで見落としてはいけないのは、これらが「印刷とは無関係な新規事業」ではないことです。
フォトマスクもメタルマスクも、本質は「極めて微細なパターンを、正確に、大量に転写する」技術。
つまり印刷の原理そのものです。
両社は印刷を捨てたのではなく、印刷で磨いた微細加工技術を、紙よりはるかに単価の高い基板やフィルムの上で使う場所を見つけたのです。
― 現場の視点 ―
広告の現場から見ると、この30年の大手印刷2社は「印刷会社」というより「何でも受ける会社」でした。イベント運営、Web制作、BPO、キャンペーン事務局・・・
広告代理店と競合する領域にどんどん入ってきた。あの貪欲さは、印刷の落ち込みを埋めるための必死の多角化だったわけです。
そして紙で稼げるうちに稼いだ資金を、半導体という「次の版」に投じ続けた。衰退を直視するのが早かった会社ほど、転用の時間を確保できた。これが結論です。
3. なぜ新聞業界と明暗が分かれたのか
当ブログの読者なら、ここで疑問が湧くはずです。同じ「紙の衰退」に直面したのに、なぜ印刷大手は転換でき、新聞社はできなかったのか。
私は、違いは次の3点に集約されると考えています。
- ① 資産の転用性:印刷会社の中核資産は「微細加工・大量転写の技術」で、これは半導体にもパッケージにも転用できました。一方、新聞社の中核資産は「取材網と信頼」で、これをデジタルで換金する市場——ニュースの卸値——は、プラットフォームに買い叩かれています。転用先の単価が、天と地ほど違ったのです。
- ② 顧客構造:印刷はBtoBです。顧客企業のニーズが紙からデジタルへ移れば、追いかけて業態を変えることに社内の抵抗はあっても、顧客の抵抗はありません。新聞はBtoCの定期購読と宅配網を抱えており、紙をやめることは自らの販売網=販売店網を切ることを意味します。この構造的な呪縛については、販売店シリーズで詳しく書いてきた通りです。
- ③ 衰退を直視した時期:印刷大手が多角化に本腰を入れたのは1990〜2000年代。紙の利益がまだ潤沢なうちに、次の柱への投資を始めました。新聞社が本気でデジタルに向き合ったのは、部数の崖が誰の目にも明らかになってから。転換には「まだ稼げているうちの投資」が必要で、その時間を確保できたかどうかが、30年後の今の差になっています。
つまり印刷業界は、新聞業界にとって「同じ病気にかかって、生還した隣人」です。新聞社のデジタル戦略を考える上で、これほど示唆的な比較対象はありません。
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4. 中小印刷会社の生き残り戦略:大手の真似はできない、では何をするか
ここまでは大手の話です。半導体に何百億円も投じる選択肢は、業界の90%以上を占める中小印刷会社にはありません。では、どうするか。
2018年の初稿で私は「コンサルティング会社へ業態を変える意識が必要」と書きました。この結論は今も変わりません。むしろAIの普及で、その必然性は増しています。現実的な打ち手を4つに整理します。
① 設備を身軽にする:大型輪転機への未練を断つ
大型輪転機は、ニーズが減っているにもかかわらず場所と維持費を食い続けます。「大口需要があったときのために一応確保しておく」という考えは不要です。デジタル印刷機への置き換えで小ロット・短納期・バリアブル(1枚ごとに内容を変える)対応へ舵を切るのが基本線です。ただし、デジタル印刷機を入れただけで個人向けの名刺・封筒印刷に参入しても、ネット印刷大手と価格で勝負になりません。設備は「何を売るか」の手段であって、目的ではありません。
② 「印刷物の受注」から「売上施策の受注」へ
中小印刷会社が受注するパンフレットやチラシは、顧客の売上に直結する商品——いわば顧客の心臓部です。言われるままに印刷物だけを受けていると、相談されるのは値引きの話だけになります。
目指すべきは、「売上を上げる施策の提案に合わせて、印刷物を受注する」という順序の逆転です。チラシの反応率をどう上げるか、WebとチラシとSNSをどう連動させるか、来店データをどう次の販促に活かすか。この提案ができれば、印刷は「提案の実行手段」として自然についてきます。地域の中小企業には、これを相談できる相手が実はほとんどいません。広告代理店は地方の小口案件を拾いきれず、Web制作会社は紙とリアル店舗が分からない。地元企業に最も近い距離にいる印刷会社こそ、この空白を埋められるのです。
③ AIを「制作の内製化」に使う
初稿ではARやVRを付加価値の柱として挙げましたが、8年経った今、正直に言えばこの分野が紙の主流になることはありませんでした。訂正します。代わりに現実になったのがAIです。
生成AIで、デザインラフ・コピー案・Webページの叩き台までを社内で作れる時代になりました。これは中小印刷会社にとって追い風です。かつては外注しなければ提案できなかった「企画とデザイン込みの販促提案」を、少人数でも回せるようになったからです。②のコンサルティング型への転換は、AIによって初めて中小規模でも採算に乗る打ち手になった、と言えます。逆に、AIを使わずに「制作は外注、ウチは刷るだけ」を続ければ、提案力の差は開く一方です。
④ 「出口」も戦略のうち:業界再編は進んでいる
最後に、あえて書いておきます。印刷業界ではM&Aによる再編が活発化しており、設備・顧客基盤・技術者を持つ会社には買い手がつく市場が存在します。後継者がいない、②③に踏み出す体力がない——そう判断したなら、価値が残っているうちに事業を譲るのも、立派な経営判断です。粘り続けて設備も顧客も痩せてからでは、選択肢そのものがなくなります。これは当ブログが新聞販売店に対して繰り返し伝えてきたことと、まったく同じ構図です。
まとめ:紙の衰退は前提。問われているのは「技術と顧客の転用先」
2018年の予測どおり、印刷市場は縮小しました。しかしこの8年が証明したのは、「市場の縮小」と「会社の衰退」は別物だということです。
大手2社は、印刷で磨いた微細加工技術を半導体へ転用し、印刷会社の看板のまま別の会社になりました。中小印刷会社に同じ道はありませんが、原理は同じです。自社が本当に持っている資産——地元企業との距離、販促物を任されてきた信頼——を、単価の高い仕事(売上施策の提案)へ転用する。それが、規模に関係なく通用する生き残りの型です。
単なる印刷物の受注や、広告代理店の下請けだけに未来はありません。広告代理店と競合する意識でコンサルティング型へ業態を変える——8年前の結論を、今回はデータと共に、より強い確信を持って繰り返します。

